バルカン室内管弦楽団 [日野]
バルカン室内管弦楽団の演奏を聞きました。パンフレットのこの楽団の紹介文が
あったので転載します。
2007年に日本人指揮者柳澤寿男によってバルカン半島(特に旧ユーゴ)の民族
共栄を願って設立、2009年5月、コソボ北部ミトロヴィッツァにおいて、国連や
警察などの協力のもと、コソボ紛争後初となる民族混成オーケストラによる歴史的
コンサートを実現。旧ユーゴ崩壊後の断絶された文化圏の貴重な橋渡しとなっている。
民族対立、大国の紛争の巻き添えなど戦争が絶えなかったこの地域でこのようは楽団
が活動できるのは素晴らしいことですね。今回は日本公演でいくつかの処で演奏されて
我が街にも来て呉れました。
演奏はチャイコフスキーの弦楽セレナーデハ長調作品48など素晴らしかったです。
あったので転載します。
2007年に日本人指揮者柳澤寿男によってバルカン半島(特に旧ユーゴ)の民族
共栄を願って設立、2009年5月、コソボ北部ミトロヴィッツァにおいて、国連や
警察などの協力のもと、コソボ紛争後初となる民族混成オーケストラによる歴史的
コンサートを実現。旧ユーゴ崩壊後の断絶された文化圏の貴重な橋渡しとなっている。
民族対立、大国の紛争の巻き添えなど戦争が絶えなかったこの地域でこのようは楽団
が活動できるのは素晴らしいことですね。今回は日本公演でいくつかの処で演奏されて
我が街にも来て呉れました。
演奏はチャイコフスキーの弦楽セレナーデハ長調作品48など素晴らしかったです。
遠足? [日々のこと]
グループホームでの歌の会 [ボランティア]
誰か故郷を想わざる [ボランティア]
先日の特養老人ホームのボランティア感謝の集いがありました。そこで
目を悪くされている入所者さんがバイオリン演奏されました。その方は
クラシック以外は音楽でないと思っていたが最近歌謡曲などを演奏する
ようになりその良さを知った、中での「誰か故郷を想わざる」はメロディ
歌詞ともに素晴らしい、ぜひ皆さんも歌ってほしいと話され演奏されました。
この歌の紹介がウィベディアの載っていたので転載させて頂きます。
誰か故郷を想わざる(たれかこきょうをおもわざる)は、昭和15年(1940年)発売の戦時歌謡曲。旧仮名遣いでは「誰か故郷を想はざる」と書く。
作詞:西條八十、作曲:古賀政男、歌:霧島昇で、1940年1月20日、日本コロムビアから発売された。歌のヒットにより、新興キネマより同名映画が公開された。 ふるさとを遠く離れ、友と遊んだ野山や、嫁ぐ姉を見送ったさびしさなどを回想する思いを、流麗なメロディーに乗せて歌う。西條・古賀・霧島それぞれにとって代表的なヒット曲となり、晩年に至るまで霧島は懐メロ番組などでよく歌っていた。
タイトルは「故郷を想わない人はいない」という意味の反語であるが、当初、こういった点が難解すぎてヒットしないと判断され、慰問用レコードとしてすべて戦地に送られたという。ところが戦地で望郷の想いやみがたい兵士の間で大ヒットし、内地に逆輸入された。慰問に訪れた渡辺はま子がこの歌を歌うと、居合わせた畑俊六大将から末端の兵士まで等しく泣き渡辺も思わずもらい泣きして、満場涙に暮れたというエピソードもある。
内地の工場などでは「曲調が哀愁に満ちており士気が下がる」と禁止したところもあったという。四面楚歌の故事にもあるように望郷の念をかきたてるのは士気を下げるための有効な方法であるから無理もないが、この曲の人気には影響しなかったようである。
明日の施設ボランティアで取り上げようと思いました。
目を悪くされている入所者さんがバイオリン演奏されました。その方は
クラシック以外は音楽でないと思っていたが最近歌謡曲などを演奏する
ようになりその良さを知った、中での「誰か故郷を想わざる」はメロディ
歌詞ともに素晴らしい、ぜひ皆さんも歌ってほしいと話され演奏されました。
この歌の紹介がウィベディアの載っていたので転載させて頂きます。
誰か故郷を想わざる(たれかこきょうをおもわざる)は、昭和15年(1940年)発売の戦時歌謡曲。旧仮名遣いでは「誰か故郷を想はざる」と書く。
作詞:西條八十、作曲:古賀政男、歌:霧島昇で、1940年1月20日、日本コロムビアから発売された。歌のヒットにより、新興キネマより同名映画が公開された。 ふるさとを遠く離れ、友と遊んだ野山や、嫁ぐ姉を見送ったさびしさなどを回想する思いを、流麗なメロディーに乗せて歌う。西條・古賀・霧島それぞれにとって代表的なヒット曲となり、晩年に至るまで霧島は懐メロ番組などでよく歌っていた。
タイトルは「故郷を想わない人はいない」という意味の反語であるが、当初、こういった点が難解すぎてヒットしないと判断され、慰問用レコードとしてすべて戦地に送られたという。ところが戦地で望郷の想いやみがたい兵士の間で大ヒットし、内地に逆輸入された。慰問に訪れた渡辺はま子がこの歌を歌うと、居合わせた畑俊六大将から末端の兵士まで等しく泣き渡辺も思わずもらい泣きして、満場涙に暮れたというエピソードもある。
内地の工場などでは「曲調が哀愁に満ちており士気が下がる」と禁止したところもあったという。四面楚歌の故事にもあるように望郷の念をかきたてるのは士気を下げるための有効な方法であるから無理もないが、この曲の人気には影響しなかったようである。
明日の施設ボランティアで取り上げようと思いました。
ここが難しい [日々のこと]
初夏のような暖かさ [日々のこと]
天気予報では今日はいい天気、初夏のようで夏日になるとのこと。
頑張っては早起きしました5時自宅を出て登山開始は5時45分、すでに
明るいですね。登る人なき道です。新緑と鳥の鳴き声、沢の水音とまさに
自然のなかです。いい気分ですね。
山頂着は朝7時、誰もいません西の方に富士が普通に見えます、
ここから尾根歩きで小仏城山を経由して景信山まで行きました。途中大きな
花を見つけました直径20㎝くらいです。朴の木(ホオノキ)のはなですね。
近くには木に小さな花、こちらはツクバネウツギかな、沢山花をつけていました。
今日は3時間半の行程でした。気持ちの良い歩行でした。今月3回目です。
今の季節が一番いいのでしょうね。
頑張っては早起きしました5時自宅を出て登山開始は5時45分、すでに
明るいですね。登る人なき道です。新緑と鳥の鳴き声、沢の水音とまさに
自然のなかです。いい気分ですね。
山頂着は朝7時、誰もいません西の方に富士が普通に見えます、
ここから尾根歩きで小仏城山を経由して景信山まで行きました。途中大きな
花を見つけました直径20㎝くらいです。朴の木(ホオノキ)のはなですね。
近くには木に小さな花、こちらはツクバネウツギかな、沢山花をつけていました。
今日は3時間半の行程でした。気持ちの良い歩行でした。今月3回目です。
今の季節が一番いいのでしょうね。
ディサービスでの歌の会 [ボランティア]
デイサービスでの歌の会です。本当は先週だった
のですが連休でしたので今週に伸ばしました。お
陰様で連休はボランティアなしの週でこの面では
リフレッシュできました。
今回はしょっぱなから私のミスです。いつもマイクスピーカーセットを持
って行っているのですが現地に到着して気が付きました。スピーカー忘れ
た!
慌てて取りに帰りました。前日まで体調いまいちだったせいか、いやうっ
かりミスですね。でも始まりには間に会いました。
五月です、歌い始めは「鯉のぼり」そして「背くらべ」「茶摘み」と季節
の歌から始めました。続けて丘を越えて、高校三年生、荒城の月、花かげ、
さざんかの宿、旅の夜風と歌って小休止(お茶タイム)
後半は母さんの歌から始まりかえり船、北上夜曲、小さな日記、水色のワ
ルツお富さん、二人は若い、瀬戸の花嫁、黒田節と 全部で18曲も歌って
貰いました。
いろんな歌を選びましたが「小さな日記」は年齢的に良く知らないよう
でした。半面、さざんかの宿、帰り船などは私はちょっと苦手でしたが
皆さん良く歌ってく出ました。
皆さん楽しまれたようで帰りには大きな拍手と握手を頂けました。
今月はボランティアは3回と少ないです。じっくりとやれそうですね。